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本館の『Photo Gallery 沙塵』へもお越しください。(Linkから飛べます)

   
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久しぶりにユーミンのベストアルバムを聴いている。
『あなたは私の青春そのもの』と歌う卒業写真の歌詞を、もう30年近く遡ったその時に現在進行形で感じていた。
胸の辺がモヤモヤと重苦しく、伝えたい気持ちが目の前で蒸発しているんじゃないかと悲しく深い溜息をつく。恋だとは解っているのに、まるで罪を犯しているように自分を戒めていた。

そして30年が経過した今でも、あの時よ、もう一度と望んでは諦めの溜息をつく。
苦痛にも似た感覚を望むなんて変だ。なのに懐かしさだけでは終わらせたくない心残りは徒花だとは解っているのに。

左手の中指の先端が炎症を起こしていて痛い。
だから思うようにタイピングできない。
苦痛を伴ったとしても我慢を圧縮して爆発する際のインパクトを望んでいるからタイピングは続く。



土曜日に東京へ行ってきた。
新宿の陸橋工事で終着駅は中野に変更されていた。
Alto Saxのマウスピース購入を言い訳にして、久しぶりの上京で刺激を受けたいと思った。

深川付近の東京都現代美術館で森山大道の写真でも拝もうかと企んでいた。
ところが期待に反して常設展の刺激に感動し、オイラの行く末はシュールレアリズムなのかと恋の予感だ。(笑)

昼食は築地市場の長蛇の列に辟易し、そこから10分ほど歩いたビルの二階にある小洒落た寿司割烹でクリーミーな生ビールの泡に溺れそうになりながら、ゆったりとした休息を貪った。
それにしても東京は喫煙事情が異常だ。
人権無視とも言える無煙条例は余りにも無謀だ。高い税金を払っているにも関わらずサービスを得られないなんて自由主義に反する!!
幸い、昼食の割烹では席を移動せずに喫煙できたのは当たり前すぎる接客だとは感じつつも有り難かった。

さてさて、新規購入のマウスピースの吹き心地は・・・
機会があればお話しすることにしよう。
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今回、Photo Galleryを更新した写真『正面小像』は、今年の5月から撮り溜めたものだ。
と言うより、日常の生活の中でオイラの気持ちが微少ながら動いた物を一台のコンパクトカメラに納めたものである。
ウイークデーは仕事なので、なかなかシャッターを切る機会が少ない。
しかし、週末ともなると気が緩み、銀塩カメラを携帯して機会あれば撮りたいと高揚しながら気持ちも機材も準備している。

カメラはCONTAX T3、フィルムは既に廃販のポジ・フィルム「KODAK EBX」である。
ポジにしては控えめな彩度が好印象であるが、T3のAFの低精度も手伝ってかシャープさに欠けるところもあるようだ。
まあ、縮小されたWeb画像で見る限りピン甘さは目立たないが、なんとも柔らかい曖昧さが魅力に感じた。

特にHPのTop Pageの写真(オジサンと犬の散歩)は、傾き掛けた陽が建物の壁をほんの少しの赤みで染めた乳濁色が柔らかく出ていてニヤニヤと自己満足している。
無指向性スピーカーをご存知だろうか?
普通のスピーカーは一定の方向(指向性)をターゲットにして音を出しています。
これは、スピーカーから出る音を他の何かから影響を受けないようにするためです。
一方、無指向性スピーカーは方向性を無視と言うか、音を360°に出します。
この様なスピーカーはBGMなどに適しているとオーディオマニアは言うでしょう。
ところが、この無指向性スピーカーをステレオで聴いてみると音の広がりや音の定位が素晴らしく、特に、小規模ライブの音源などは実際にライブ会場に居るかのようなリアルさを楽しめます。
また、リスニングポジションも広範囲になります。

*製品の写真は「オーディオの足跡」さんで確認してね


良い事ばかりのようですが、そうでもないのです。
それは無指向性スピーカーの製造数が極端に少なく、欲しくても手に入らないのが実情です。
幸い、オイラはセカンドハンズ店で先日購入することが出来ました。
値段はペアーで6,400円。
すでにリビングにセットして楽しんでいます。

最新鋭の家電(?)に人気があるようですが、新しいものが最良だとは言いがたいんじゃないかしら。

P.S
この『無指向性スピーカー』に関して検索される回数が非常に多いため、もうひとつヒントを加筆しておきます。
Webで検索する上で、タイムドメイン(TIMEDOMAIN)というワードでググってみてください。


話は変わって
NHK総合で毎週木曜日のPM8:00から放映しているドラマ『七瀬ふたたび』。
この作品は筒井康隆氏の小説の実写版である。

この小説は過去にも何度かドラマ化されており、最も古い(1979年)ドラマのヒロイン「七瀬」役を演じているのが多岐川裕美!!
原作を読んでいれば多岐川裕美が一番イメージに合っている。
なんたって七瀬の容姿は、誰もが羨むような『美人』の設定だからだ。
若き日の多岐川裕美と視線を合わせたことがあるかい?(当然TV越しだが)
オイラはまるで蛇に睨まれたカエルになってしまうんだよね。(*^.^*)

DVD化されているみたいだから、もう一度見たいなぁ~~
今夜の献立は、稲庭のうどんのつけ麺だ。
つけ汁は鰹や昆布で出汁を取り、具は油揚げや椎茸、人参が刻んで入っている。
釜揚げにした稲庭の細い麺に汁がたっぷり絡んでツルツルと美味しい。
家族で食べるから特に美味しいのかも知れない。

そう言えば、うどんは蕎麦と違って蕎麦湯を所望する習慣がないような気がする。
ましてや、蕎麦掻きならぬ「うどん掻き」なんて聞いたことがない。
一般的な知識で言っているので、例外は必ずあろうけれども・・・
どうして?? という疑問に襲われた。

なぜ、蕎麦はとことんまで大切に食されるのだろうか。

知ったかぶりなのだが、蕎麦を食うのは他の食物が育たない地域だから?

いやいや!
豊食な地域には高度な料理法が育たないのかもしれない。
何故ならば、微妙な旨さに頼ることなく旨味を味わえるからだ。
素材の旨さを引き立てる料理こそが本物だと感じているオイラだが、貧しいからこそ全てを大切に味わう文化の中に蕎麦が存在しているのかもしれない。
うどんは蕎麦に劣る訳ではなく、生活環境が生んだ「蕎麦湯」であり「蕎麦掻き」であるんじゃないかなぁ。



「いただきます」は食前に、食われる生命(食材)に対しての感謝の言葉。
決して料理人に発せられる言葉ではない。
ところが、「ごちそうさま」は誰(何)に対して発する言葉なんだろうか・・・
まだまだ勉強不足だ。
週に1度はラーメン店で昼食をとっている。
オイラはちょいと贅沢をしようと、いつもより高価(750円)な醤油味のつけ麺をオーダーした。
このつけ麺は極太のプリプリ麺が売りである。
店内の客入りは1/4位で、そんなに待たされないでメニューが配膳されそうだ。
そんな待ち時間の出来事。



オイラはカウンターに座っている。
背後はテーブル席で、先ほど父・母・娘の家族3人が席に着いたようだ。
年齢層は、父母が50歳代後半で娘が30歳代だと思う。
しばらくすると店員にオーダーする声が聞こえてきた。

==================================================================
父 『簡単に、みんなで同じ物を食べようね。』
母 『はいはい。』
娘 『イイんじゃない!』
父 『じゃ、チャーハン3つね!』
母 『チャーハン -*?_?*- -*?_?*-』
父 『そう!チャーハン!!』
母 『・・・・』
娘 『じゃ、私はネギラーメンの味噌!』
父 『チャーハンはどうするんだ?』
娘 『チャーハン・・・食べられるかな~~?』
父 『チャーハン3つでお願いします。』
娘 『ネギラーメンとぉ~~~~、チャーハン2つでお願いします。』
父 『チャーハンは食べなくてイイのか?』
娘 『チャーハンまではキツイかな・・・きっと。』
母 『チャーハンは無理でしょう~~』
父 『じゃ、チャーハンは2つでイイんだな!』
母 『・・・ぁ・ハイ・・・』
娘 『ネギラーメンと、チャーハン2つでお願いします。』
店員 『ネギラーメンは味噌でイイですね。』
娘 『ハイッ!味噌でお願いします!!』
父 『ンム・・・』
==================================================================

我が家族ではありえない会話に、極太のプリプリ麺を吹き出しそうになりながら、世界中に多種多様のオヤジの威厳と家族の様式が存在していることを今更ながら確認したランチタイムだった。
月刊誌のアサヒカメラ(アサカメ)や日本カメラ(ポンカメ)は毎月20日に発売される。
もう何年も、この20日を楽しみにしてきた。
この2誌の両方を買うのではなく、好みの記事が多いほうを選択して1誌を買うことにしていた。
今月もどんな記事が載っているのだろうかと期待しながら本屋へ向かった。
目次に目を通してパラパラとページをめくった。
両誌とも面白くない。
ほとんどの記事はデジタルカメラ。
当たり前だといえば、そうなのだが・・・
なんだか虚しさを感じた。
多機能なデジタルカメラには興味が向かないのだ。
特にファインダーに見えるカラスの群れのような多点AFポイントは吐き気がしそうなくらい邪魔だ。
オイラの撮影スタイルでは中央に1点あればこと足りる。
CONTAXに至ってはファインダースクリーンを方眼にしているので邪魔するポイントはナイ!
多機能のほとんどは邪魔になるばかりで困ったものだ。

先日、ラジオでこんな事を言っていた。
世界のケイタイ事情だが、日本のメーカーのシェアーの低さを示している。
日本のケイタイは多機能すぎて必要な機能へ簡単にアクセスすることを阻害しているとラジオのパーソナリティーが分析をしていた。
必要最小限の機能が世界を制している。
オイラもそう感じた。
まったくケイタイもデジカメも多機能化によってユーザーが離れていく傾向にあることをメーカーは承知しているのだろうか。
デジカメも過のフィルムカメラのように愛着をもって末永く使いたいものだ。
発展途上のデジカメは、どんな姿で行き着くのだろうか。
楽しみでもあり、心配でもある。
   
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